名勝光前寺庭園保存管理計画

【光前寺とは】
長野県駒ヶ根市にある天台宗の別格本山の寺院。山号は宝積山(ほうしゃくさん)。院号は無動院。本尊は不動明王で秘仏。天台宗信濃五山(戸隠山の顕光寺・善光寺・更科八幡神宮寺・津金寺・光前寺)のひとつに数えられています。1967年昭和42年)5月10日、庭園が上高地姨捨山天竜峡、寝覚の床と共に長野県に5箇所ある国の名勝のひとつに指定されました。
また、霊犬早太郎伝説でも知られています。

【調査日】
平成21年11月
【場 所】
駒ヶ根市 赤穂地先
【内 容】
・基準点測量
・地形測量
・調査及び図面作成

 有名観光地のひとつである「名勝光前寺」において、庭園の文化財保護のための図面作成を行いました。
 有識者で構成される「名勝光前寺庭園保存管理計画策定委員会」の方々の指導の元、名勝区域全般と本堂周辺部及び庭園部の詳細な測量を行い、普段土木設計等で使われている平面図とは違った、文化財保護のための詳細な図面作成を行いました。
光前寺本堂
光前寺本堂周辺平面図
光前寺庫裡庭園
光前寺庫裡庭園平面図

理兵衛堤防調査

【理兵衛堤防とは】
江戸時代の天竜川では、数年おきに大小の洪水がおき、沿岸の人々に大きな被害を与え恐れられてきました。当時堤防の工事は大変なことで多額の費用と手間や時間がかかりました。村々では幕府や藩などに援助をお願いしてきましたが、それら幕府や藩に頼らず農民自身が主体的に行った築堤工事もありました。その代表的なものが「理兵衛堤防」と言われています。

この堤防は当時この地区の名主であった松村家が親子三代(理兵衛忠欣、理兵衛常邑、理兵衛忠良)にわたって私財を投げ打って造ったもので、その名をとって「理兵衛堤防」と名付けられました。
江戸時代中期の寛永3年(1750年)から58年にわたって工事が続けられ、文化5年(1808年)に完成したと言われています。

【調査日】
平成19年10月(上流部)
平成22年11月(下流部)
【場 所】
上伊那郡 中川村 田島地先
【内 容】
200年以上前に造られたとみられる「理兵衛堤防」について、現地調査と調査図面の作成を行いました。
新しい護岸工事のため一旦は撤去された堤防を工事終了後元の場所に復元するため、堤防に使われていた巨石のひとつひとつから水路の構造など細部にわたった調査を行い、詳細な資料作成を行いました。
理兵衛堤防(上流部)
調査風景
調査結果図面
理兵衛堤防(下流部)

めがね橋調査

【めがね橋とは】
この「めがね橋」は明治20年代頃の施工と思われ、当時県が行った塩尻から飯田に通じる三州街道(現国道153号線)の改修時に造られたと推定されています。
石積みの上にレンガでアーチが組まれており、百年以上前の道路アーチ橋としては県内でもめずらしいものとされています。

【調査日】
平成20年 2月
【場 所】
上伊那郡 辰野町 羽場地先
【内 容】
110年以上前に造られたとみられる「めがね橋」について、現地調査と調査図面の作成を行いました。
めがね橋
調査風景
めがね橋調査結果図面
お問い合わせ